昭和(hé)初期、京都・島原の廓を舞台にして、玉割り人と呼ばれる女仕事師の悲哀を描く。原作は三木孝祐・作、鬆森正・畫の同名劇畫。腳本は「生贄夫人」の田中陽造、監督(dū)は新人・牧(mù)口雄二、撮影(yǐng)は塩見作治がそれぞれ擔當。 昭和初年、京都・島原。當時、遊廓に売られて來た未通女に性技の基(jī)本を教え、娼妓には特殊な性技を仕込むセックスの師匠がいた。廓(kuò)では、彼らを稱して“玉割り人”と呼んだ。その玉割り人の中でも、ひときわ美しく、性技にたけた、ゆきという女(nǚ)がいた。ゆきは廓の女たちに値をつけるのが毎日の仕事だった。ある日、仕事を終えて帰る途中、警官に追(zhuī)われているアナーキストの森から拳銃(chòng)をあずかった。妓樓扇屋の娼妓小園の足抜(bá)きに失敗した大工の六造が捕まった。扇屋の主人萬吉は二人の仕置(zhì)きをゆきに一任した。六(liù)造は小園に誘惑されて足抜きしたと言いはり、自分(fèn)の非を認めない。ゆきは六造の生爪を剝がした後(hòu)、六造の一物を斬り落とした。その夜、ゆきは飲み屋で偶然に森と出會い、拳銃を返した。そして酒を飲んでいるうちに、ゆきの女を捨てた心(xīn)は森の男らしさに惹かれていった。ある日、扇屋(wū)で女中奉公しているはつえは、森と同じアナーキスト仲間で戀人の正(zhèng)夫と數日間共に過ごした。やがて仲間がダイナマイトを買う資(zī)金三百円が必要となったために、はつえをダシに扇屋に身代金三百円を請求した。扇屋の主人・萬吉の命を受けたゆきは、金を持って出かけるが、彼女を待っていたのは森だった。森はゆきをアジトへ連れて行ったが、六造が二人の後を追っていた。ゆきがはつえを連れ帰って間もなく、アジトへ警官が押入った。逃げのびたのは森と正夫だけだったが、腹に弾を受けた正夫も間もなく死(sǐ)んだ。森はゆきが密告したものと思っていたのだが、ゆきと會(huì)って、彼女の真摯なまなざしに真実を知った。二人はいつしか體(tǐ)を重ねた。ゆきは女としての歓びに身を悶えるのだった。數日(rì)後、身の危険を感(gǎn)じた森はゆきを連れて東京へ旅立った。しかし、二人を追って來た六造が、森の腹にドスを突き刺した。ゆきのつかの間の幸福も終(zhōng)止符を打った。
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